ピースサイト 2008年ピースサイト関連企画 2008/06/20 全員勝利を =原爆症長崎訴訟判決を前に= 上 裁判 国の主張に耳疑う 原爆症認定を求める集団訴訟の長崎地裁判決が二十三日に迫った。二〇〇三年四月の初提訴から約五年二カ月。司法に希望を託した原告二十七人が、その判断を待つ。原告の思いに迫った。 諫早市付近に上陸した台風14号が猛威を振るってい […] 2008/06/14 在外被爆者は今 =検証・改正援護法= 下 思い 平和の種まき続ける 今年五月、長崎市の繁華街。高校生らに交じって核兵器廃絶の署名を呼び掛ける一人の白髪の男性がいた。在ブラジル原爆被爆者協会会長の森田隆(84)=サンパウロ市在住=。来日に合わせ、今回も被爆地・長崎を訪れた。行動の原点は運命 […] 2008/06/13 在外被爆者は今 =検証・改正援護法= 中 証明 時流れ、遠のく入り口 今年五月、韓国・釜山市郊外の団地で、独り暮らしの郭福南(カク・ポクナム)(79)が、聞き取り調査に訪れた韓国原爆被害者協会釜山支部長の許萬貞(ホ・マンジョン)(75)らと向き合っていた。 疎開先の長崎の借家で原爆に遭った […] 2008/06/12 在外被爆者は今 =検証・改正援護法= 上 時間 課題積み残し焦りも 「夜には全身が痛い。食べ物も口に入らない」 静かな山あいの韓国・陜川(ハプチョン)の病院に、広島で被爆した鄭南壽(チョン・ナムスウ)(88)は入院している。約六年前に転倒事故で骨折し、寝たきりの状態。もう何年も病院の外に […] 前のページへ<1234 ▶ 関連企画 原爆・平和に関する特集記事を掲載しています。 ▶ 関連記事 原爆・平和関連の記事を掲載しています。 ▶ 私の被爆ノート 被爆者の高齢化と被爆体験の風化が深刻な問題となっています。1996年から長崎新聞本紙に掲載してきた「忘られぬあの日 私の被爆ノート」を掲載しています。 ▶ TESTIMONIES OF THE ATOMIC BOMB SURVIVORS (「私の被爆ノート」英語版) ▶ 平和への誓い 8月9日の崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典における「平和への誓い」を掲載しています。 ▶ ナガサキ・アーカイブ(外部リンク) 長崎原爆の実相を世界につたえる多元的デジタルアーカイブズです。被爆ノートの一部を地図上でもご覧いただけます ▶ ローマ教皇 来崎 2019 2019年11月24日に長崎への訪問されたローマ教皇(法王)。今回の訪問に関する県内の受け入れ準備や核廃絶を巡る人々の期待など長崎新聞に掲載されたニュースを集約。 ← ピースサイトへ戻る ページ上部へ