ピースサイト 2008年ピースサイト関連企画 2008/08/06 届けメッセージ =8・6稲佐山平和コンサート= 下 広がる輪 県民レベルで他地域でも 七月二十日、佐世保市烏帽子岳で「えぼしんミュージック 平和の願いを佐世保から」。演歌やポップス、和太鼓など多彩な顔ぶれで十組が出演し、行楽地をにぎやかに彩った。 長崎市稲佐山の平和コンサートの協賛企画として初めて開かれた […] 2008/08/06 苦難乗り越えて =被爆者・吉田勝二の63年= 4 支え 毅然とした肉親励みに 「家におってもしょんなか。外に行ってきなさい」。家に閉じこもる勝二に母は何度も促した。月日が流れ落ち着きを取り戻した勝二は百メートル、二百メートルと少しずつ、少しずつ外を出歩く“トレーニング”を重ねた。 「こがん顔なら死 […] 2008/08/05 鍋に拾った母の骨 =築地重信さん 静止した記憶= 上 10歳、原子野を自宅へ “黒い塊”に立ち尽くす 長崎原爆で育ての母や祖父を失い、原子野に一人取り残された十歳の少年-。惨劇を伝えるすべを求めて、長崎市戸石町の築地重信さん(73)は、被爆体験を克明な絵にして再現、「語り部画」と自ら名付け、描き続けている。二〇〇二年に出 […] 2008/08/05 沈黙 =被爆遺構= 1 被爆カキの木 22ヵ国に平和の苗木 長崎に原爆が投下されてから、まもなく六十三年。被爆遺構が、時代の流れや都市化とともに、次々と姿を消している中で、今もなお被爆の実相をまざまざと伝える“もの言わぬ被爆者”たちを紹介する。 爆心地から二・三キロの長崎市若竹町 […] 2008/08/05 届けメッセージ =8・6稲佐山平和コンサート= 上 継承 「さだコン」脱却へ 毎年「広島原爆の日」の八月六日に、同じ被爆地である長崎市の稲佐山で開かれる平和コンサート。同市出身の歌手さだまさしさんが二十年にわたって開き全国的に知られたが、二〇〇七年から地元有志が引き継いだことで新たな展開を見せ始め […] 2008/08/05 苦難乗り越えて =被爆者・吉田勝二の63年= 3 苦悶 好奇の目避け閉じこもる 勝二は、八月十日以降のことを鮮明に覚えていない。原爆に遭ったその夜に意識を失った。その後、どうなったのかは、ほとんど母や姉に聞いた話だ。 十日、勝二は諫早から救援に駆け付けたという女性に、防空壕(ごう)に運ばれた。そこで […] 2008/08/04 苦難乗り越えて =被爆者・吉田勝二の63年= 2 被爆 皮膚はがれ「生き地獄」 「浦上川の ながれと潔く 常に澄みたり」-。勝二が通った県立長崎工業高の校歌にある一節。一九四五年八月九日。「常に澄みたり」とうたわれた川は、変わり果てた。水面には油が浮き、水を飲みながら死に絶える人。その死体の上にかぶ […] 2008/08/03 苦難乗り越えて =被爆者・吉田勝二の63年= 1 帰宅 焼けた顔 冷たい視線に涙 昨年五月、長崎市内の中学生の手によって一冊の絵本が完成した。絵本のモデルとなったのは被爆者の吉田勝二(76)=同市片淵二丁目=。絵本は紙芝居に形を変え、県内各地で上演。今年六月には、北海道洞爺湖サミットに合わせ札幌市で開 […] 2008/08/02 手帳 =被爆63年・長崎= 5(完) 私は被爆者 法と現実はざまで闘う つえを突いて歩く平瀬次郎吉(77)=長崎市上小島四丁目=の歩調に合わせ、中島勇(75)=同市椿が丘町=は長崎地裁玄関に続く階段をゆっくり上った。 平瀬のしわの入った顔に昔の面影がかすかに残る。六十三年前の八月九日に大瀬戸 […] 2008/08/01 手帳 =被爆63年・長崎= 4 呪縛 先輩の一言が解き放つ 昨年十月。旧制長崎工業学校(現・県立長崎工業高)の卒業生が開いた座談会。先輩の一人が言った。 「森田君、まだ取っていないの? どうして」 森田英世(77)=長崎市小江原一丁目=は「そうですねえ…」と返事を濁した。同じ年代 […] 前のページへ<1234次のページへ> ▶ 関連企画 原爆・平和に関する特集記事を掲載しています。 ▶ 関連記事 原爆・平和関連の記事を掲載しています。 ▶ 私の被爆ノート 被爆者の高齢化と被爆体験の風化が深刻な問題となっています。1996年から長崎新聞本紙に掲載してきた「忘られぬあの日 私の被爆ノート」を掲載しています。 ▶ TESTIMONIES OF THE ATOMIC BOMB SURVIVORS (「私の被爆ノート」英語版) ▶ 平和への誓い 8月9日の崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典における「平和への誓い」を掲載しています。 ▶ ナガサキ・アーカイブ(外部リンク) 長崎原爆の実相を世界につたえる多元的デジタルアーカイブズです。被爆ノートの一部を地図上でもご覧いただけます ▶ ローマ教皇 来崎 2019 2019年11月24日に長崎への訪問されたローマ教皇(法王)。今回の訪問に関する県内の受け入れ準備や核廃絶を巡る人々の期待など長崎新聞に掲載されたニュースを集約。 ← ピースサイトへ戻る ページ上部へ