ピースサイト 2001年ピースサイト関連企画 2001/06/25 癒えぬ心の傷 =未指定地域の「被爆者」たち= 5(完) 村上早見さん(68) 西彼式見村(現在の長崎市四杖町)で「被爆」 恐怖感じたきのこ雲 長崎市西部を流れる式見川から約百メートルの場所で、村上さんは「被爆」した。川の対岸地区は一九七六年、原爆被爆地域(健康診断特例区域)に拡大、指定されたが、エノキがあった四杖町は今も未指定地域のままだ。原爆被爆地域と未指定 […] 2001/06/24 癒えぬ心の傷 =未指定地域の「被爆者」たち= 4 錦戸 宏一さん(64) 西彼香焼村(現在の香焼町)で「被爆」 爆風で多くが家屋損壊 西彼香焼町の高台にある展望台に立つと、長崎市の中心部が望める。「こんなに近いのに、どうして(香焼は)指定地域に入らないのか…」。爆心地から同じ距離で被爆地域に指定されている所があることを考えると、錦戸さんは合点がいかない […] 2001/06/23 癒えぬ心の傷 =未指定地域の「被爆者」たち= 3 里 国雄さん(73) 北高戸石村(現在の長崎市上戸石町)で「被爆」「熱い」全身に光と爆風 旧街道沿いにあった自宅の庭には、大きなセンダンと杉が立っていた。夏には涼しい木陰をつくり、近所の子供たちの格好の遊び場だった。 あの日、庭でまきを割っていた里さんは突然、まぶしい熱線に全身を包まれた。「熱い」。思わず声を […] 2001/06/22 癒えぬ心の傷 =未指定地域の「被爆者」たち= 2 松野心一さん(71) 西彼香焼村(現在の香焼町)で「被爆」 正面から浴びたせん光 夜中、突如襲いかかる青白いせん光の悪夢に、何度揺り起こされたことだろう。松野さんは、五十六年前のあの日の出来事が今も脳裏に焼き付いて離れない。 あの日、いつものように旧川南工業香焼島造船所内の工具工場で作業台に向かってい […] 2001/06/21 癒えぬ心の傷 =未指定地域の「被爆者」たち= 1 橋川順子さん(74)西彼日見村(現在の長崎市宿町)で「被爆」 死の灰浴び脱毛の恐怖 一九四五年八月九日、長崎で被爆したのに、法律上は「被爆者」でない人たちがいる。被爆未指定地域住民の“悲願”である被爆地域拡大是正問題。厚生労働省の研究班は、焦点だった心的外傷後ストレス障害(PTSD)に関連し、未指定地域 […] 前のページへ<1234 ▶ 関連企画 原爆・平和に関する特集記事を掲載しています。 ▶ 関連記事 原爆・平和関連の記事を掲載しています。 ▶ 私の被爆ノート 被爆者の高齢化と被爆体験の風化が深刻な問題となっています。1996年から長崎新聞本紙に掲載してきた「忘られぬあの日 私の被爆ノート」を掲載しています。 ▶ TESTIMONIES OF THE ATOMIC BOMB SURVIVORS (「私の被爆ノート」英語版) ▶ 平和への誓い 8月9日の崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典における「平和への誓い」を掲載しています。 ▶ ナガサキ・アーカイブ(外部リンク) 長崎原爆の実相を世界につたえる多元的デジタルアーカイブズです。被爆ノートの一部を地図上でもご覧いただけます ▶ ローマ教皇 来崎 2019 2019年11月24日に長崎への訪問されたローマ教皇(法王)。今回の訪問に関する県内の受け入れ準備や核廃絶を巡る人々の期待など長崎新聞に掲載されたニュースを集約。 ← ピースサイトへ戻る ページ上部へ